Summer Camp 1996
Guest Lecturer: FUJI Hiroshi
藤浩志
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 Link Plan1 - テンポラリーなインスタレーション的作品
[1500のカイトが舞い上がる]
 〜1500個のカイトをダム湖上に舞いあげる計画
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  • ダムが完成し、最大水位まで満水になったのち、水が常時満水位にもどるまでの約一ヶ月ほどの期間を限定して、1500個のカイトをダム湖上に舞いあげる。
  • ダム湖の周辺に計画されている101箇所のステーション計画地等を利用し、ダム湖上空にワイヤーを渡し、それに風をはらんで舞い上がるカイトを設置する。
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  • 無風状態の時ワイヤーからぶら下がっている状態のカイトは風が吹き始めるとくるくる踊りだし、ある程度強風の中でワイヤーを持ち上げ舞い上がる。
  • 舞い上がるカイトはダム湖全体の龍に似た姿を浮かび上がらせる。
  • カイトは龍のうろこをイメージして その色が決定される。
  • 作品は一時的なものとして無くなるが、上空から撮影された映像などが記録として残され、「ハイヅカスクリーン」で映画が上映されるオープニングのイメージ映像などで登場する。
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水にまつわる民話(総領町)
  • 砂が淵
    五箇の砂谷にある砂が淵という深い淵には、不思議な話が伝わっています。昔、何日も日照りが続き、稲や農作物が枯れ始めた年のことです。困った村人達は、雨乞いのために、砂が淵の水かえ(汲み出す)をすることにしました。朝早くからむら総出で一生懸命水かえをすると、日が暮れ始める頃には、深い淵の水も大分減ったようでしたが、底はまだまだ見えてきません。みんながあきらめて家に帰った夜の事。砂が淵の方から、ごうごうとものすごい音が起こり、空には黒雲がたちこめ、嵐のように雨が降り始めました。この雨のおかげで、干上がっていた村の田畑は救われました。さて、その翌日のお昼頃、高村(庄原市)の世尊寺に美しい娘が訪ねてきました。「すみませんが、水を一杯いただけませんか?」小僧さんが茶碗に水を注いで差し出すと、「こんな小さな茶碗でなく、大たらいいっぱいだしてください。」といいます。不思議に思いながらも、小僧さんは大たらいに井戸の水を満たしてやりました。「私が水を飲む姿を、見ないでもらえませんか?」娘がそう言いますので、小僧さんは奥に入りました。しばらくすると、がぶがぶと大きな音が聞こえてきたので、小僧さんは障子の穴からこっそりのぞいてみました。すると、うつくしい娘が大蛇となって水を飲んでいるではありませんか。見られていることに気付いた大蛇は娘の姿に戻り、「わたしは砂が淵の主ですが、雨乞いで住み家を追われ、伯耆の日野大池に住んでいる夫の龍の所へ行くところでした。」と言い、礼を言って世尊寺を立ち去ったという事です。
  • 砂の兵衛
    昔、砂谷に、砂の兵衛(猿石の兵衛ともいう)という勇気のある弓の名人がいた。砂谷の奥の丸岳山に、背中に苔が生え、七谷にわたるほどのおそろしい大蛇が住んでいて、村人や家畜を捕らえて呑んだりして、悪業を重ねていた。これを見かねた兵衛は、大蛇を退治しようと決心した。そこで兵衛は、鹿の鳴き声に似ているというヒキガエルの皮を七枚重ね合わせ笛を作った。ある日のこと、兵衛が笛を吹いて岩かげに身をひそめていると、丸岳山の大岩から、大きな鹿を横ぐわえにした大蛇が現れた。大蛇は、ものすごい眼でにらみつけ、兵衛めがけて襲いかかった。兵衛は、すばやく弓に矢をつがえ、狙いを定めて弓を引きしぼって矢を放った。矢は見事大蛇ののど元に命中して、その大蛇はもんどりうって大岩滝に落ち、滝つぼに沈んでいった。大蛇を退治して、しばらくたったある日のこと、兵衛は用があって田総の里に出た帰り道、一人の美しい娘とであった。その娘が急に、黒い布切れを取り出して兵衛めがけて振った。兵衛は不意をつかれ、その毒気にあてられて、アッというまに倒れ、そのまま息を引き取ってしまった。美しい娘は、きっと大蛇の化身であったのだろうと言われていた。砂の兵衛のお陰で、村々は平和になり、砂谷には、兵衛の墓や笛を作るために殺した、ヒキガエルを祀った祠があるという。
    *龍=水神としての龍:インドや中国でも龍は蛇の神格化したもので、水の神さらに農耕の神としての性格が強い。日本でも八岐大蛇(やまたのおろち)をはじめ、水神や農耕神として現れる場合が多い。特に沼や湖の主、あるいは雲や雨水をつかさどる龍神として、雨乞いを祈願する八大竜王の信仰は広く分布する。


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