大鹿智子作品+朗読(総領町議場)

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マルグリット・ユルスナール原作
『死者の乳』より

――弟たち、もしおれたちの塔が出来上がらなければ、敵は茂みにかくれてこの湖の岸にまたしても忍びこむことだろう。あいつらは畑で働く女たちを犯し、パンをもたらしてくれる麦を焼いてしまうだろう。果樹園に立てた案山子に百姓を磔刑にして、烏の餌にしてしまうだろう。弟たちよ、おれたちは互いに互いを必要としている。三つ葉のクローバーの一葉を犠牲にするなんて問題外だ。だがおれたちはっそれぞれ女房がいる。若くて元気で、肩もきれいな、重い荷を担ぐのに慣れた女たちだ。何も決めないでおこう、弟たちよ、神さまの偶然に選択を任せよう。明日、夜明けに、その日の食べものを運んでくる女房をとらえて、塔の礎のなかに埋め込むことにしよう。おまえたちには、たった一晩だけ黙っていてもらえばいい。
彼にとってこう話すのはたやすいことでした。なぜかというと彼はひそかに若妻を嫌っていて、彼女を厄介払いしてその代わりに栗色の髪の美しい娘を嫁にほしいと思っていたからです。上の弟は文句を言いませんでしたが、これは家に帰ったらすぐ妻に知らせるつもりだったからで、異議を申し立てたのは末の弟だけでした。彼は誓いを守る男だったからです。けれど弟は遂に説得され、一晩沈黙を守る約束をしていました。
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