大鹿智子作品+朗読(総領町議場)

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マルグリット・ユルスナール原作
『死者の乳』より

死んだ光の亡霊がまだ野をさまよっているあのたそがれの時刻に、兄弟は仮住まいの小屋にもどって行きました。上の弟はテントに入るとひどく不機嫌な顔をして、長靴を脱ぐのを手伝えと荒々しく妻に命じました。彼女が自分の前にしゃがみこむと、彼は履き物をその顔に投げつけて、こう言い渡したのです。
――ここ一週間も同じシャツを着ているんだぞ。この分だと日曜日にこざっぱりと白い肌着を着ることもできやしねえ。明日、朝早くに洗濯籠をかかえて湖へ行ってこい。ブラシと洗濯べらをもって、夜まで湖のそばに居るんだぞ。
若い女房はぶるぶる震えながら、翌日一日洗濯にかかりきる約束をしました。
兄は妻に何もいうまいと決心して家にもどりました。彼女の重たい美しさをもう少しも感じなくなっていて、うとましかったのです。けれども彼には弱点があった、というのはつまり、寝言をいうのです。妻はその晩眠りませんでした。すると突然、自分の夫が掛けぶとんを引き寄せながらむにゃむにゃ言うのがきこえました。
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