大鹿智子作品+朗読(総領町議場)

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マルグリット・ユルスナール原作
『死者の乳』より

――かわいいかわいいおれさま、おれさまはもうすぐ寡夫だぞ……せいせいするだろうなあ、この女と、塔の煉瓦でひきはなされて……
しかし末の弟は、帰り途に、大鎌を肩に担いで人々を刈り入れに行く死神に出逢った男のように、色蒼ざめ、しおれきってテントに帰りつきました。柳で編んだ揺りかごの赤ん坊にくちづけし、若い妻をやさしく腕に抱きました。一晩中、夫が自分の胸に顔を寄せて泣いているのが聞こえていたが、控え目な若妻はこの大きな苦悩の原因を問いたださなかった。というのは、打明け話を強いるのもいやだったし、悩みを慰めるのに悩みの種を知る必要もなかったからです。
翌朝、三人の兄弟は鶴橋と金槌をもって塔の方へと向かいました。上の弟の女房は洗濯物を籠に入れて、兄嫁のところへ行ってひざまずいて言いました。
――お姉さま、今日はわたしが男の人たちのところへ食事を運んで行く番ですけれど、うちの人ったら、白地のシャツを洗っておかないと殺すなんて言うんですよ。ほら、洗濯物が籠にいっぱいでしょ。
――そうなの、と兄嫁はこたえて言いました。わたしが代わりに食べものを届けてあげるといいのだけれど、あいにくゆうべ、悪魔めがわたしの歯の中に忍びこんで…… おお、うう、痛くて痛くて声をあげずにはいられないわ……
そこで彼女は手をたたいて末の弟の嫁を呼びました。
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