大鹿智子作品+朗読(総領町議場)

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マルグリット・ユルスナール原作
『死者の乳』より

――ねえ、末の弟のお嫁さん、かわいいちいさいお嫁さん、わたしたちの代わりにうちの人たちに食事を運んで行ってくださらない?道は遠いし、わたしたち足が疲れているの。私たちはあなたほど若くもないし、身軽でもないのよ。ね、行ってちょうだい、そうすればおいしいものを籠にいっぱい入れてあげるわ、男の人たちがにっこりしてあなたを迎えてくれるようにね。
というわけで、籠は湖の魚の蜜漬だの、葡萄の葉にくるんだご飯だの、羊の乳でつくったチーズだの、塩味のアーモンド入りの菓子だのでいっぱいになりました。若い女は赤ん坊を兄嫁たちの腕にそっとあずけて、たったひとり路を歩いて行ったのです。頭に重い籠をのせ、聖なるイコンのメダルのように首に運命を巻きつけて。
遠くから、まだ誰ともよくわからない小さな女の影を見つけたとき、三人の男は走り寄りました。上の二人は自分のたくらみがうまく行ったかどうかあやぶみながら、末の弟は神に祈りながら。兄はやってきたのが自分の妻でなかったものですから、でかかった呪いの言葉をぐっと呑みこみ、次の兄は洗濯女房を見のがしてもらったことで神様に大声で感謝しました。しかし弟はひざまずいて若い妻の腰を腕で抱き、呻きながら許しを乞いました。それからすぐ、兄たちのもとにひれ伏して、憐れんでくれるよう願いました。遂に彼は立ち上がり、兄たちに向けて短刀をきらめかせたと同時にうなじに金槌を振りおろされ、あえぎながら倒れました。愕いた若妻は籠をとり落とし、散らばった食料が野犬の群をよろこばせることになりました。事の次第を悟った彼女は、天に手をさしのべて、
――わたしはお兄さまがたのためにならないことを何ひとつしたことがありません。結婚の指輪と司祭様の祝福によって兄妹の縁でむすばれたお兄さまがた、どうかわたしを死なせないで。わたしは生きているのがとても好きなのです。うちのひととわたしとの間を分厚い石の壁で隔てないでくださいまし。
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