環境づくりの技術について学ぶ
8月3日(火)−8月14日(土)
講師:栗本 修滋(環境エンジニア)
杉本 隆(地域開発プロデューサー)
■□ 栗本+杉本ゼミ:「環境づくりの技術について学ぶ」
(1) ゼミのねらい
栗本、杉本ともに、灰塚ダムとのおつきあいは「灰塚ダム水源地域生活再建実行計画」の策定業務(1992〜94年)で始まりましたので、8年ほどになります。ダムには生活再建地というものがあります。ダム建設で水没する人々の移転住宅地です。ずっと生活してきた場所が水没してしまう。日常生活が途切れます。それを1から、もう1度建て直すというような意味で、生活再建地というのでしょう。住宅はもとより、田・畑などの農地、学校・集会所、神社・寺・墓地なども移転されたり、新設されます。住む場所、仕事場所、勉強場所などができれば、生活が始まるというものではありません。安心して暮らせ、働き、学び、生きがい・趣味を見つけ、祭りなどで楽しむなど暮らしのソフトを作り直すことが必要です。村ぐるみの引っ越しなのですが、息の長い仕事になります。「これをするぞ」と明確な目的意識に支えられた認識や行動以外に、あまり強く意識には上らない何げない認識と行動の連なりが人の日常的な生活を形作っています。まずは大切なもの、必須と思うものを持てるだけ持って、引っ越します。しばらくすると何か頼りない、足りないことに気づき、「あっ、あれを忘れていた」となって取りに戻ります。無くなってしまって取りに行くことができないものは新たに作ろうとします。中には取り返しのできないもの・ことも出てきます。
3年前から水没地にある春植物(セツブンソウ、カタクリなど)を移植し始めました。この地域の春植物は国・県・町などから「希少、貴重な植物」とされているからです。移植の作業は水没地に住んでいた地元の人々に協力してもらいました。環境や貴重植物の保全には興味を示さない人々まで含めて、実にたくさんの人々が移植の作業に参加してくれました。春植物はこの人々がかつて住んでいた家の裏山で、彼らが丹念に草刈りをしていたおかげで生きつづけ、春先に可愛い花を咲かせていたからです。引っ越しの時、気になりながらも一緒に連れて来てやらなかったことに気づいたからです。のぞみが丘(灰塚ダムで3つある生活再建地の内で最大のもの)では、この春植物は新設された神社の森や墓地の斜面に移植され、住民に暖かく見守られています。
このようなことを1つ、1つ取り上げて、生活を建て直すには、当然に息の長い、時間をかけた作業が必要となります。これ以外にも、もう1つ時間がかかる理由があります。
栗本は自然系の技術者として、杉本は社会系の技術者として、職業生活をしてきました。職業としての近代の技術者は依頼者(クライアント)に役立つ技術を提供することで成り立っています。灰塚ダムでの我々の依頼者(クライアント)はダム建設者(国・建設省)、地元自治体(町役場)です。しかし、「水没で移転する人々の生活を再建する」ための技術提供という課題を考えた場合、依頼者(国、町)に役立つことだけで十分とは言えません。依頼者と協同して最大限の「生活再建」水準を作ったとしても、なお住民にとっては不満足なものかもしれません。まして、国や町が「これが良い暮らし」とモデルを決めて押し付けてしまうわけにはいきません。我々のような技術者が決められるものでもありません。水没で移転する人々に確かめる以外には方法がないのです。しかし、この人々も一様ではありません。生活で何が大切と思うかが多様になっているのです。とりあえずはみんなが大切と考えていること、多数が大事にしていることから着手します。
このような課題では役立つ技術の提供を考える場合、依頼者(国、町)の意図を超えて、その向こうに水没で移転する人々の思いを見ている必要があります。今日の社会で課題となっている、環境づくり、町づくり、福祉などについても同じことが言えます。これらの課題では例外なく、住民の参加、自発的なボランティア活動が重視されます。
人と自然との関係、人と人との関係を、新たに作ったり、作り直したりというように、プロセス(進展していく過程)が対象になるからで、終わりということがありません。また、始めから「これが良い」と結論があって、そこをめざして築きあげれば完成というものでもありません。依頼者(国、町)の向こうに居る人々の思いはいつも動いていて、何かやっては確かめ合い、新たに気づいていくような思いです。こんな作業を延々と他人頼みで進めていくことは不可能です。住民やボランティアが自発的に自立して進めていくという意味で、持続可能ということが大切になります。
依頼者(クライアント)に役立つ技術を提供する職業的な技術者である我々にとって、住民やボランティアが自発的に自立して進めていく、持続可能な技術の成立にどのような関わりがあるのか。これは未だに結論の出ない課題であり、技術者も、住民やボランティアも時間をかけて模索している段階といえます。
このように時間のかかるテーマについて、「環境づくりの技術について学ぶ」ことを選んでくれた学生に、サマーキャンプの期間中の2週間ほどで、意義のある体験を提供することが我々に与えられた課題でした。技術は教わるのではなく、盗めといわれます。科学的な真実は教えることができます。技術はその人が自分で工夫して、考えを表そうとする結果で得られたり、出てくるものです。どういうふうにものごとを考えて技術に構築していったかは、誰かが教えてくれるまで待っていても身に付きません。自分なりに考え、工夫して、盗んでもらわなくてはならないというものです。
しかし、今回のように、どうしても教えることになった場合は、何を伝えなくてはならないか。環境の構成要素(自然や植物、文化や社会)とその相互の関わりを体験して学び、実践的な環境づくりを修得することが最終目標ですが、とても盛り沢山です。そこで第1ステップとして、のぞみが丘の住民と触れ合いを体験してもらうことを選びました。のぞみが丘の住民の思いに気づいたり、その思いの動きや揺らぎと同調していくことで、複雑そうに見える実践的な環境づくりの楽しさ、達成感を共有してもらおうと考えました。
教えたり、与えたりできたものは別として、参加してくれた学生たちにたしかに手渡せたもの・ことがあったと手ごたえを感じました。
(2) ゼミの流れ
 ・趣旨、流れの把握(8月3〜5日) → 合同演習
 ・ゼミ生独自の第1次制作提案(フィールド:のぞみが丘、神社の森、湿地)
 ・現地ツアーで課題の整理(6〜7日)
 ・現地で課題解決方向の検討(8日)
 ・第1次制作提案の作成(9日)
 ・住民とのワークショップ(9日)
 ・湿地づくり標準設計の提案(栗本)
 ・湿地周辺の作品提案(ゼミ生)
 ・住民による修正、了解
 ・制作準備(10日)
 ・制作作業(11日)
 ・住民との懇親会(11日)
 ・ゼミ生の自主制作
 ・住民了解(講師指導)
 ・制作準備(12〜13日)
 ・制作作業(12〜13日)
 ・作品展示(14日)
 ・作品提案(14日)
(作品制作の条件)
環境課題、地元了解の取付けなど、講師が指導する条件を満足することとしました。
(作品提案)
講師が指導する条件を期間内に満足することができなかった提案、期間内に制作することが困難な提案など、14日に作品展示できない提案は、作品提案として展示することとしました。
(3) 講義の概要−ゼミナールの趣旨、流れの把握のために
講義はゼミナールの趣旨、流れをつかんでもらうように、最初の3日間に行いました。自然環境創出の技術についての基礎的な説明(第1講)、植物の形と生活(生育の仕方)についての演習方式による理解(第2講)、植物の生育や環境の維持・創造が人の暮らし、地域社会のあり方と深く関わっていることの説明(第3講)が講義の内容です。第3講では、あわせて、次の日からはじまる栗本+杉本ゼミの実習のやり方について説明しています。
アートや建築を学ぶ学生に、このようなゼミナールが興味を持ってもらえるか。ひょっとしてゼロ敗もあるかもしれないなど、講師としては非常に不安に駆られました。事務局の裏方での強力な支えもあって、強い興味を持って参加してくれる学生たちを得ることができてホッと胸をなでおろしました。

地域とのつきあい実習
 8月6日(金)−8月14日(土)
 講師:栗本 修滋+杉本 隆
■□ 栗本+杉本ゼミ成果:「地域とのつきあい実習」
(1)課題の整理(8月6〜7日)
(2)提案づくり(8日〜9日)
(3)発表会(9日夜)
(4)湿地と周辺制作(10日〜11日)
(5)成果
(6)神社の森のこと−まとめにかえて


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