『雑草』講演会
1999年8月7日(土)午後3時〜 
三良坂町農業活性化センター 
野々村 文宏(美術・建築批評)
■□ 「エコロジーの計画-図式(Scheme)」
エコロジーとは基本的に生物の関係を研究する学問です。ふつう、生物を考えるときに、従来の科学主義・還元主義的に考えると、「階層」の概念につき当ります。階層とは、たとえば、個体を考えると、群集が上位概念にあり、個体があり、さらに、個体器官、細胞、分子といったように段階的にレベル分けする概念です。「階層」は、パソコンのOSにたとえるとちょうどフォルダ、みたいな区分けのしかたにたとえられると思います。生命とはなにか? を分析的・還元的にどんどん詰めていくことによって、今の分子生物学のような学問が成立していると思うのですが、実際に細胞の分子をのぞきこんでも、いったいなにが生命=個体なのか、観念としては逆にわかりにくくなってしまうということがあると思います。こうした「階層」の概念のもういっぽうに、「ニッチ(隙間)」という概念があります。たとえば、植物のなかのある種をとってみた場合、それぞれの株が生きていくことが可能な、一、温度、二、水分の量、三、日照時間の三つの要素の幅で、おおまかに表すことができる。その他にもいろいろデリケートな要素はあるのですが、たいていの植物にとって、生きていく、あるいは成長するのはこの三つの要素の幅、つまり三つの軸のなかにある「すきま」のなかで個体なり群体なり種は生きていくことができる。グラフにあらわすと、x, y, z と、この場合は三次元の空間によって表すことができるわけです。まさに「すきま」です。ふりかえって、近代科学主義的な思考は還元性を主是とするあまり、階層的にどんどん掘り下げていきますが、これはこれで続けなければならない作業でしょうが、掘り下げる度に、次の謎や難問が生まれてしまう。いっぽうで、「主体」とはなにか? という還元的な問いをとりあえず括弧に括ったうえで、環境複合体のなかで生物が生命活動を行っている、その「すきま」を計測し領域表示することによって、つまり環境との総体的な関係において生命の存在を記述しよう、あるいは生命を支援しようとする考え方が出てきます。このアプローチ、つまり複合体として環境をとらえるアプローチを用いる際に、さらにもうひとつ、階層差間の関係性もさらに考慮に入れると、個体と個体の関係、個体群と個体のあいだの関係、個体と別の種の個体との関係とのように、それこそ多次的多元的に関係の式が生まれる。じっさい、環境内での植物群の環移を考えるときに、この関係性の概念は重要になってくると思います。対して、オーソドックスな「階層」の概念では、たえずクラスの誤読なり階層に分けきれない未分化な問題が出てきます。また、われわれがこの世界にある「事実」を完全には把握しきれないように、われわれは環境にふくまれる諸要素を完全に峻別することはできません。その場合、この「階層」の概念とともに「ニッチ」の概念を使っていく手法を使っていくことに有効性が出てくると思います。(※1.)
ちょうどこれは、美術における問題とも類比的に考えることができます。たとえば、現代美術における次のような問題、つまり、サブジェクト(主体)の空間的介入を捨象して、オブジェクト(対象、ものじたい)を還元しようとしても矛盾が生まれてしまう問題、と並列に考えることができる。ちょうど、1960 年代のアメリカでモダニズム芸術からミニマリズムの作品が生まれ、この物体-対象はこれ以上還元できないようなぎりぎりの形象にまで戻っている、と作家たちが言っても、それはいっけん普遍的に見えるように見せ掛けながらも、実は、観るものの主体が対象とのあいだに、ほとんど演劇的と言ってもよいほどな関係性を結んでいたわけです。そして、そのことが看破されるやいなや、アメリカのミニマリズム芸術における還元化とは、そのことを括弧の外に出したかたちでの、ある仮のゲーム(それを「意匠」と呼んでもいいのですが)のルールのなかでの還元化であった、という話しに落ち着いて、この問題はまさにゲームの終わりを体験したのです。(※2.)
かたや「階層」=「還元」と、かたや「ニッチ」=「関係」、このふたつのアプローチを併用することが有効な解決法なのではないかと思います。ふりかえれば、近代を生み出したヨーロッパ社会においても、併用は繰り返されてきました。たとえば、モダニズムのデザインの源泉のひとつに数えられる1851 年のロンドン万博でのガラスと鉄骨の水晶宮ですが、あの水晶宮を作ったジョゼフ・パクストンは、実は、温室技師、設計士なのでした。ガラスは温室技術のためにあり、じっさい大英帝国の覇権の時代に、イギリスの人々は東南アジアなど植民地から次々と新しい植物を持ち帰り、ガラスの温室などで人為的に環境に手を加え、その植物の植生に適切な「すきま」の空間を作り出し、そうした技術革新がイギリス社会のガーデニング・ブームを起こしたのです。
また、18 世紀イギリスでは、それまでのフランスのルイ王朝的な整形庭園に対する反発から、より「自然」に見えるような庭園作りが流行します。これは「ピクチャレスク」と呼ばれる様式で、おもしろいことに、ニューヨーク、マンハッタンの格子状の都市のなかに「セントラル・パーク」の設計競技で1位を獲得し、公園を建造した庭園技師は、このイギリス流ピクチャレスク庭園設計の大家であるフレデリック・ロウ・オルムステッドでした。
アメリカにおいて、1960 年代末から70 年代初頭にかけて、今日で言うところの「アースワークス」と呼ばれる現代美術の表現形式が生まれましたが、そのキーパーソンであるロバート・スミッソンは、このフレデリック・ロウ・オルムステッドの考え方に共鳴していたのです。ロバート・スミッソンは1969 年にコーネル大学で開かれた、アースワークスという芸術の性格を決定づける記念碑的な展覧会、アースアート展でゴードン・マッタ=クラークと出会い、スミッソンは「停留する島」、ゴードン・マッタ=クラークの「ハドソン川におけるはしけ船」、という、お互いがお互い影響し合った、似通ったプランを提出します。 (※3.)
このように、ヨーロッパにおいて、都市計画と建築と庭園術を結ぶ調停の手法が、じょじょにアメリカにも移入されていきました。ここに、「階層」=「還元」と「ニッチ」=「関係」とを結ぶ、いわば、エコロジーのスキーマとでも言うべきものを、僕は見い出すのです。
※1.…… 佐倉 統『現代思想としての環境問題』中公新書、1992 年、を参考とした。
※2.…… Freid, Michael " Art and Objecthood ", Unv. of Chicago Press.1998;1967.
※3.…… Breitwieser, Sabine " Recorgnaizing Structure  " in : " Zeichnung Bei Gordon Matta-Clark" Generali Foundation, Wien, 1997.
(1999年8月7日 三良坂町農業活性化センターでの講演会より)


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